【WT】まっしろなせかい【短編集】 (ページ6)

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一期一会【na】ページ6

何も甘くない

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大学帰りの電車。発車時刻までホームに止まっているいつもの車両のロングシートはまだ空いていて、私は満足げに端の席に座った。

たぶんもう5分もすれば人が沢山来るよね、ラッキーなんて思いつつマンガアプリを開いたその時。

「ｯ、すいません！」
『へ、』

ぱっと顔をあげた私を見つめていたのは、20代前半くらいの若い男性だった。
…うわっ、イケメン、と反射的に思ってしまったのは許して欲しい。

人間って予期しない出来事が起こると脳が凍結する生き物のようで、私の口から間抜けな声が漏れる。
しかし、急いで駆け込んできたらしいその男性は、ずれてしまったおしゃれなハンチング帽を直しながら私に訊ねた。

「あの、この電車って白山駅に止まりますか？」
『へっ！？えっ、えーっ、と…』

思わず返事が吃る。そして講義終わりで疲れていた頭が急速回転を始めた。

白山、は、えーっと、私が降りる駅より手前だから止まるかみてない…でも白山って快速も止まる駅だし、急行が止まる可能性は高い…ってかこの人声いいな……

男性の水色の瞳が私のことをじっと見つめているのが分かってより緊張する。

約1秒後。

『と、止まると、思います、ヨ…？』
「あ、ほんとですか！ありがとうございます！」

私の曖昧な回答に、男性はぱあっ、と花が開くような笑顔を浮かべてお礼を言った。その笑顔と去っていく背中を見た瞬間、私の中に罪悪感が渦巻いた。

…ちゃんと調べて言った方が良かったかな？そうだよね！？もしこれで白山に止まんなかったらどうしよ、あの人に迷惑が、

ぐるんっ、と思考がマイナス方向へ傾きかける……と思った瞬間、私を救ってくれたのは電車のアナウンスだった。

【＿＿急行、××行き。停車駅は、中清水、紅崎、白山、……】

よ、かった……

だばぁ、と思いっきり息を吐いて、私はこっそりさっきの男性の姿を探した。
男性は吊革に掴まって、まだ動く気配のない車窓からぼうっと何かを見つめているようだ。けど、すぐに人が沢山乗ってきてしまって彼の姿は見えなくなった。

まあとにかく、今日は小さないいことができた！…危なかったけど、と思いつつ、私はアプリに目を落とす。

しばらくして。
「さっきはありがとうございました！」と降りる直前、あの笑顔でお礼を言いに来てくれた男性と、とある映画館でばったり会うことになるのはまた別の話である。

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ついさっき自分が遭遇した事案でした。お兄さん、お達者で。